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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)9260号 判決

原告 第一信託銀行株式会社

被告 丸紅飯田株式会社

主文

原告の第一次の請求を棄却する。

原告の予備的訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に一、九六三、六四二円とこれにつき昭和二四年四月一四日から支払ずみまで年六分の割合による金員とを支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決と仮執行の宣言とを求め、次のように述べた。

「(一) 昭和二三年一二月東京中島電気株式会社は高島屋飯田株式会社(昭和三〇年九月一日被告に合併、以下被告と称する)から、請負代金総計七、五六三、六四二円に達するレバータンブラーなどの製作納入を請負つた。

(二) それで、東京中島電気株式会社はその製作資金にあてるため三〇〇万円の借入れ方を原告に申し入れて来たので、原告はこれに応じることにした。

(三) その回収を確実にするため、原告は被告および右会社の三者間で昭和二三年一二月二二日ころ、被告は右会社に対して負担するタンブラー等代金のうち一、九六三、六四二円はこれを右会社に支払わないで、原告に交付支払うこととし、原告はこれを以て右会社に対する貸付金の回収にあてる旨、約束した。

(四) それで、原告は同月二三日右会社に対し三〇〇万円を利率日歩三銭、返済日昭和二四年二月二〇日の約で貸付けた。

(五) ところが、被告は昭和二四年四月一四日右契約上の義務に反して、右会社に対し前記の代金一、九六三、六四二円を支払つてしまつたそのため、原告は右会社に対する前記貸金のうち右同額分については事実上取立不能にされてしまい、同額の損害を受けた。

(六) すなわち、被告はその責に帰すべき事由により、原告に対して負担していた前記債務を履行不能としてしまい、原告に一、九六三、六四二円の損害を与えたものであるから、原告は被告に対し、右損害金一、九六三、六四二円とこれにつき昭和二四年四月一四日から支払ずみまで商法所定年六分の率による遅延損害金との支払を求める。

(七) 右請求が認められない場合、原告は被告に対し、前記契約上の債務の履行、すなわち、被告が前記会社に負担する代金債務中一、九六三、六四二円はこれを原告に支払うという債務の履行とその履行期より後である昭和二四年四月一四日から履行ずみまで、被告の不履行により原告の受ける相当損害として右金額に対し年六分の割合による損害金の支払いを求める。」

被告訴訟代理人は原告の両請求につきまず「原告の訴を却下する訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のように述べた。

「原告がその両請求を通じ本訴で主張しているのは、要するに、東京中島電気株式会社が被告に対して有していた代金債権一、九六三、六四二円につき、原告はその主張の三者間の契約により、被告に対し原告自らに支払うことを求め得る権利を取得したというにある。すなわち、その代金債権自体は依然東京中島電気株式会社に属するもので、原告はその取立権のみを有するというのであるから、本訴における訴訟物は右会社の有する代金債権であり、原告はこれにつき訴訟追行権あるものとして本訴におよんでいることになる。

ところが、原告はすでにさきに本訴で主張していると同一の事実に基き被告に対し右代金債権支払を求める訴を提起し(東京地方裁判所昭和二五年(ワ)第四、八五六号ただ、右訴訟において、原告は前記三者契約を以て、原告が東京中島電気株式会社からその被告に対して有する代金債権につき質権の設定を受け、被告がこれを承諾したものであるとし、その債権質の効果として右代金債権につき取立権があるのだと主張したのであるが、右三者契約に基いて右代金債権の取立権を取得したということは本訴におけると同一であり、その法律的表現を異にしたにすぎない)だがその控訴審である東京高等裁判所(昭和二六年(ネ)第二、三七三号)において、原告主張の質権の成立および被告の承諾の点が否定され、右債権についての取立権を原告は有しないという理由で原告敗訴の判決があり、これに対し原告は上告したが、昭和二九年一一月一六日上告棄却の判決があつて、前訴は原告敗訴の判決が確定するに至つた。

すなわち、原告がその主張する三者契約からその主張する代金債権について取立権を有しないことについては既判力が生じている。前訴において原告は債権質権に基く取立権を主張し、本訴においては右代金を被告が原告に交付すべき作為義務を負担していると主張しているが、それはいずれも原告主張の三者契約という具体的特定の法律関係から生じる一の権利の性質の法的評価を異にしているだけのことで、別異の二の権利が生じたものではない。

従つて原告が、その主張取立権を有する旨の本訴における主張は既判力に反する主張であることは明かである。すなわちその主張自体既判力に反することが明かな主張に基く訴は、特段の事情がない限り、権利保護の利益を欠くものとして却下せられるべきであり、少くとも、その主張取立権がないこと明かなのであるから、原告は本件訴訟物である代金債権請求について訴訟追行権なく当事者適格を欠くものとして、その訴は却下せられるべきである。」

次に、原告訴訟代理人は原告の両請求につき右却下の申立が認められないときは、「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求める旨申立て、次のように述べた。

「原告主張(一)の事実は認める。(二)(四)は不知、(三)は否認する。(五)のうち被告が東京中島電気株式会社に原告主張の代金を昭和二四年四月中旬ころまで支払つたことは認めるが、その他の点は争う。

被告は原告に対しその主張するような債務を負う旨約したことはない。すなわち、原告に対し東京中島電気株式会社はその被告に対する債権の取立を委任し、これに必要な代理権を原告に与え、被告において右委任ならびに代理権授与の事実を認めたことはあるが、原告の主張するような契約申込に対して承諾したことはない。商事会社である被告として、自分に何の利益をもたらすこともないのに、危険と負担の多い原告主張の契約締結を承諾するはずもないのである。

右のように東京中島電気株式会社が原告にその債権取立を委任したところで、自らこれを受領する権利を失うわけはないのであるから、被告が同会社にその代金を支払つたところで不法なところはない。

仮に、原告主張の契約が成立し、被告が右会社に代金を支払つたことについて被告になんらかの責任があるとしても、元来原告は右会社との間では、右会社に被告から代金を受領させ、これを原告のもとに持参させるつもりであつたところ、右会社は代金を受取つたのち原告にこれを持参しないでしまつたのであつて、それについては原告の不注意もあるのであるから、損害算定については過失相殺の法理により、原告の右過失が考慮されるべきである。

さらに、仮に、原告が一たんその主張の損害賠償債権ないし予備的請求にかかる履行請求権を被告に対し取得したとしてもそれらは時効により消滅した。すなわち、右債権はいずれも商事債権として五年の消滅時効期間の適用があるものであるが、原告の主張自体から明かであるように、原告としては昭和二四年四月一三日当時すでに右二の請求権を行使し得たものであるから、昭和二九年四月一三日を以て時効完成に至るべきものである。ところが、原告は昭和二九年三月三〇日被告に到達した書面で、右両請求権について履行の催告をしたものの、昭和二九年九月二八日本訴状を以て提起した本訴請求は、その訴状記載によつて明かなとおり、履行請求権のみの主張で、損害賠償請求権については右催告後六月内に裁判上の請求その他民法第一五三条所定の手続をとることなく終つた。すなわち右損害賠償請求権は昭和二九年四月一三日の経過とともに時効により消滅するに至つたわけである。

原告はその後昭和三〇年三月八日の本訴口頭弁論期日において、同月五日付準備書面に基いて新たに損害賠償請求権に基く請求をしこれと交換に従来の履行請求権に基く訴を取下げたのであるが、右損害賠償請求の訴はもとより時効完成後の提訴で時効中断の効力のないことはもちろんであるが、さらに、従来の履行請求の訴を右のように取下げたことにより、民法第一四九条の規定するとおり時効中断の効力が失われ、この請求権についても、昭和二九年四月一三日限り時効により消滅するに至つたわけである。」

原告訴訟代理人は被告の右主張に対し次のように述べた。

「原告が被告に対しその主張の訴をさきに提起したが、原告敗訴の判決を受け確定するに至つたことは被告主張のとおりである。然し、前訴の内容は原告が東京中島電気株式会社の被告に対する代金債権の質権者として、右代金債権の履行を求めたものであるのに対し、本訴ではまず、被告の原告に対する債務(被告が右会社に対する代金を右会社に交付せず、原告に交付するという作為義務)の不履行を原因とし原告が被告に対し有するに至つた損害賠償債権の履行を求め、予備的に原告が被告に対して有する右債権そのもの履行を求めているのであるから、訴訟物は別であるし既判力の問題が入つてくる余地はない。

また、本訴における原告の請求は、すべて原告の被告に対する債権そのものの履行であること右のとおりであるから、原告につき訴訟追行権ないし当事者適格の問題がおこるわけはない。

次に、被告主張の時効は、原告のした催告、本訴提起により中断され、完成していない。すなわち、原告は被告の主張するとおり、昭和二九年三月三〇日被告に到達した書面により本訴請求の両債権について履行の催告をし、それから六月内の同年九月二八日本訴提起したのである。そして本訴における原告の請求原因に「昭和二九年三月三〇日被告に対し、代金額を請求したが、支払わないので本訴を提起する次第である」と記載しているところからも明かなように前記催告におけると同様被告に対する両債権に基いてしたもので原告は当初からこの二の債権について裁判上の請求をしているわけであり、さらにその後数次の準備書面記載ないし弁論においてその趣旨をさらに明確にして来たのであつて、その間被告主張のような訴の取下とか変更とかの事実はない。従つて原告主張の両債権は前記催告ならびに裁判上の請求により中断され、時効は完成していない。」

〈証拠省略〉

理由

まず、原告の第一の請求について。

原告のこの請求は、原告が自ら有すると主張する損害賠償債権を対象とするものなのであつて、当然これにつき訴訟追行権を有し、当事者適格に欠けるところはなく、その訴は適法である。

原告の主張にして、被告主張の前判決と矛盾するところがあつたとしても、それは右請求に関する限り、これを理由のないものとすることがあつても、違法ならしむるものではない。しかも本訴における原告の主張は、前訴訟の最終口頭弁論期日より前に、その取立権を失つたとして、これにより原告の受けた損害の賠償を求めているのであるから、その主張は前判決の既判力と矛盾するものではない。

然しながら、原告主張の、この賠償請求権は時効により消滅したものと認められる。すなわち、原告がこの債権について昭和二四年四月一三日当時行使可能であつた旨の被告主張は原告において明らかに争つていないので、争のないところとみなされる。そうすると右債権は原告主張によつても商事債権と解されるから、右期日から五年を経過した昭和二九年四月一三日の経過とともに時効により消滅することになる。然し、原告が昭和二九年三月三〇日右債権につき被告に催告をしたことは当事者間に争のないところであるから問題は、原告が右催告の日から六日内に、右債権につき裁判上の請求をしたか否にあるわけである。

原告が本件訴状を昭和二九年九月二八日当裁判所に提出したことは、記録上明かであるが、その訴状には請求原因として原告主張の三者契約が成立したことを述べた上「東京中島電気株式会社は昭和二四年三月全製品を(被告に)納入したので被告に対する代金債権は確定したが、(被告は)原告に対する債務の弁済をしないので原告は前記契約に基き昭和二九年三月三〇日被告に対し代金額の支払請求をしたが、(被告はこれを)支払わないので本訴を提起する次第である」と記載し、請負代金請求事件と事件名を記載しているのであつて、その間右債権の消滅、よつて原告の受けた損害等には言及しておらず、賠償債権に基く請求をしているものとは認められない。右訴状を外にして原告が予備的にもせよ右賠償債権につき裁判上の請求をする旨明かにしたのは昭和二九年一二月八日当裁判所に提出された準備書面における記載が初めてである(これは本件記録上明かである)。原告は当初の訴状提出から右賠償債権をも訴求したもので、その後の準備書面記載等は、右訴状記載内容を明確にしたものに外ならないと主張するが、訴状記載が右賠償債権の請求を含むと解されないことは前記のとおりである。

そうすると、原告が本件賠償債権について前記催告をした後、昭和二九年一二月八日に至つてはじめて裁判上の請求をしたにすぎず、右催告から六月内にはついに裁判上の請求をしないでしまつたものという外ない。

その他民法一五三条所定の手続をとつたとは原告の主張しないところであるから、前記催告は時効中断の効力を生じなかつたことになり、従つて本件賠償債権は昭和二九年四月一三日の経過を以て時効にかかり消滅するに至つたということになる。

そうすると、原告の第一次の請求は他の点を判断するまでもなく、失当であるから、これを棄却する。

次に、原告の予備的請求について。

原告は東京中島電気株式会社と原告被告との三者間の契約で右会社が被告に対して有する代金債権を被告は右会社に支払わず、原告に支払う旨の約束ができたので、原告は被告に対し右支払いをする債務の履行を求めると主張するのであるが、右代金債権自体を譲受けたというのでなく、それは依然右会社に属するとの主張なのであるから、原告主張の三者契約ないしこれから被告が原告に負担するに至つた債務なるものは、要するに、右三者間の合意により東京中島電気株式会社の被告に対する債権につき原告が取立権を与えられ、被告も第三債務者として原告の取立要求に応じることを承認したものに外ならないと解すべきである。

そうすると原告の本件予備的請求は、原告が右のようにして取得した取立権に基いて東京中島電気株式会社の被告に対して有する代金債権の給付を求めるものであつて、任意的訴訟担当(信託)の一種であつて、原告主張の如きその右会社に対する債権回収確保のために右取立権を取得したというような場合には、必しも許されない訴訟ではないと解される。

然し、原告がさきに被告主張の訴を被告に対し提起したが、これについて被告主張の理由により原告敗訴の判決があり、これが確定するに至つていることは当事者間に争がない。

そうすると、原告は右判決において、前記三者間の約定に基いて右代金債権についての取立権を有することを否定されたわけであるから、その最終口頭弁論期日以後にこれを取得するに至つたと主張するなら格別、それ以外に右取立権を現在有する旨の主張は、右判決の既判力にふれるもので、許されないものである。もつとも乙第一、二号証によると、原告は前訴において右三者間の約定により前記代金債権につき質権を取得したものとし、これに基いてその取立権を主張したところ、控訴裁判所は、右約定は債権質設定までの強い意味を有するものとは解されないとして、原告の主張をしりぞけたと見られるのであつて、債権質の成立のみを否定したので、本訴における原告主張の特殊の取立権の発生までは否定したものでないかのように解されるのであるけれども、前訴における原告の主張を維推するものは結局右約定から発生する取立権なのであつて、右約定が債権質設定契約に当らないというだけでは、原告主張の取立権の存在を否定することにはならないわけである。従つて、前審裁判所が原告のこの点に関する主張を容認しなかつたのは、結局右約定から原告主張債権の取立権を原告は有していない旨の判断をしたからのことであろうし、仮にそうでなかつたにせよ、とにかく、原告が本件代金債権につき取立権がないとする判決が確定した以上、原告は右約定に基いて発生する取立権を有することは、爾後主張することができなくなつているといわざるを得ない。

そうすると、原告が本訴で主張している取立権なるものは、正に右判決の既判力からしてこれを否定せざるを得ず、原告がその取立権を有する旨の主張が採用され得ない以上、原告は本訴につき正当な当事者たる適格を欠くことになり、その訴は却下を免れない。

以上の理由により、原告の第一次の請求はこれを失当として棄却し、予備的の申立はこれを却下することとし、訴訟費用は敗訴した原告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 西川正世 田中恒朗)

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